●予想だにしなかった「2度の震度7」
熊本地震から1年。地方で起きた地震だからでしょうか。東日本大震災のように大きくメディアで取り扱われることはありませんが、建築に携わる者にとっては大きな衝撃を受けた地震でした。震度7の地震が立て続けに住宅を襲う―。まさに想定外の地震で、現行の建築基準法の規定を満たした住宅ですら、被害を受けてしまいました。
なぜ、基準を満たしていながら木造住宅に被害が出てしまったのでしょうか。それは、建築基準法は建物に必要な最低限の性能を規定しているにすぎないからです。細かくなると専門的になりすぎてしまいますが、概略については下記のようになります。
建築基準法では、建築物が建っているあいだに何度か遭遇するであろう中規模の地震(震度5程度)に対して、ほとんど損傷が生じないこと、そして建築物が建っているあいだに一度は遭遇するであろう大規模地震(震度7程度)に対しては、倒壊・崩壊しない耐震性を求めています。
要するに建築基準法では、巨大地震でも建物が倒壊することによって人命が失われないことを基準としています。地震の後、半壊、全壊の判定を受けたとしても、そこに住む住人が倒壊前に避難できるような強度を確保するようになっているのです。
ということは、大地震の揺れによって圧死は防ぐことができても、その住宅に住み続けられる保証まではしておらず、したがって住宅の資産価値を担保するものではないということです。
ですので、耐震性能としては建築基準法をベースに、より強い住宅を等級1~3で評価する「性能評価」という制度もあります。ただ、この「性能評価」といわれる手法も万能ではありません。以前、実際のモデル住宅を揺らして検証する実験では、より等級の高い強固なはずの住宅のほうが損傷を受けたケースがありました。
どうしてそのようなことが起こり得るのか。それは、木造住宅の構造計算が複雑だからです。
●簡略化されている木造住宅の構造計算
現在、木造住宅は壁量計算(耐震壁がどのくらいあるか)やN値計算(柱や土台との接合部の金物がどれくらいひつようか)などをチェックすることで住宅が建てられています。ですが、この計算は精緻なものではなく、建物の構造を簡素化して評価し、計算しています。
木造住宅の倒壊挙動を再現するには、柱の折損・部材の飛散といった連続体がバラバラになっていく現象を考慮する必要があり、 従来の解析手法では困難とされて来ました(wallstat 木造住宅倒壊解析ソフトウェアより)
このように、木造住宅には数多くの柱と梁の接合部があり、そこには金物や無数の釘などが関与します。そして住宅のプランは無限にあり、地震による建物の挙動を予想することが難しくなる要因となっています。さらに地震にも様々な種類(強さ、周期)が無限にあり、どのような組み合わせでどのように揺れるのかを計算するのは困難でした。ここ数年で、ようやく上記のような解析ソフトウェアが出てきた状況ですが、一般の住宅に適応されるケースはまだまだ少ない状況です。
・wallstat
・木造住宅の倒壊過程を再現する耐震シミュレーション技術(独立行政法人建築研究所のPDF)
また、今回の熊本地震においても今のところは建築基準法が改正される動きはありません。が、本当にそれでいいのでしょうか。建てたばかりの住宅が、命を守ってくれるとはいえ、住み続けられなくなる―。
●シミュレーション、制振装置など、より安全性を確保する手段を検討
上記のようなシミュレーションを行い、耐震性能を確保すること。あるいは、制振装置などを用いて地震に備える。住み続けられる住宅を計画するための対策は様々です。
ただ、この制振装置も玉石混交です。上記のように、簡素化された計算で成り立つ木造住宅に、制振装置という複雑な機構が実際に地震の振動を受けたときに果たして有効に機能するのか。そして、その装置はメンテナンスフリーなのか。検討すべき事項は多くあります。
また、性能評価も建物の耐震性を表す判断として、参考にすることはできます。一般的には等級3に評価される建物は耐震壁が多く、傾向として高い耐力があることは間違いありません。いずれにしても、住宅の計画には予算と時間をかけることでしか、安心を得られる方法はありません。
そういう意味では、制振装置をいちはやく導入した大手ハウスメーカーに一日の長があることは事実です。これまでの大地震を経験して、さらに開発を進めています。ハウスメーカーを持ち上げるのではありませんが、そうしたところまで地場のビルダーも追いつかなければなりません。
どうしても家を建てるとなると、デザインやコストに目に行きがちですが、いうまでもなく耐震性は一番に考えなければならないこと。熊本地震を教訓に、建物の安全性をもう一度見直していきたいと思います。